古典カシミール織りショールと近代カシミヤ産業
HOME 会社概要 MAP 沿革 お問い合わせ

現在、繊維用語として「カシミヤ」といえば素材を表す言葉で、我国の「家庭用品品質表示法」の指定用語にも定められています。その語源はインドのパキスタンとの国境にある「カシミール地方」、並びに同地方の特産品であった「カシミール織り(ショール類)」にあり、近代カシミヤ産業に従事する者にとってもルーツである「カシミール織り」に対する想いは強いものがあります。しかし、「カシミール織りショール」が果たして現在で言う「カシミヤ山羊のうぶ毛」から織られたものかどうかは長らく解明されずにいました。当会ではカシミヤ産業のルーツと近代カシミヤ産業との関連を探る研究を行っています。


1)カシミヤ繊維とカシミール地方

カシミヤ繊維はアジア大陸の四季の寒暖の差が激しい内陸部の高地や山岳地方で飼育されている「カシミヤ山羊(Capra Hircus Laniger)」のうぶ毛です。これらの地方では冬季の気温が氷点下約30度程度にまで下がり、山羊の身体には厳冬から身を護るため通常の粗い毛の下に非常に細いうぶ毛が生えます。このうぶ毛がカシミヤ繊維です。これらの地方では夏場にはかなり気温が上昇し、山羊のうぶ毛も春になると自然に抜け落ちます。

このようなうぶ毛がいつ頃から人類の衣料用として利用されてきたかは定かでなく、様々な伝説もありますが事実はなぞに包まれています。多く語られる伝説として、もともとカシミヤ山羊は家畜ではなく野生動物であり、春のうぶ毛が抜ける気候になると山羊が身体が痒くなって樹木や岩に身体をこすり付けてうぶ毛を落とし、その落ち毛を住民が拾い集めたという話があります。また、こうして木や岩に残された野生山羊のうぶ毛は極めて少量で一枚のショールを織るのに必要な毛を集めるには何年も掛かったとも言われます。そうして拾い集めた毛を長い年月を掛けて少しづつ糸に紡ぎながらショールを織り、娘の嫁入りに持たせたとの説も語られています。しかし、現在ではそのような野生の山羊の存在や住民の風習は確認されておらず、またうぶ毛は抜けて地面に落ちて散乱すると採集することが難しくなり、フケなども混入するため、飼育されている山羊は春先うぶ毛が抜け落ちる前に牧民が熊手のような器具で山羊の身体から梳き取って採集するのが一般的です。また、その後の工程も機械化されています。

こうした伝説は、山羊が人類に家畜化される以前に野生であった頃からうぶ毛の利用が始まったとすれば、十分にあり得る話と思われます。野生動物ではカナダ北極圏などに生息する麝香牛(じゃこううし)のうぶ毛が自然に地面に抜け落ちたものを人間の手で拾い集め、キヴィアック(Qiviuk)という希少な高級獣毛として少量ながらセーターなどに加工している例もあります。

カシミール織りショールの著名な研究家であるジョン・アーウインは、17世紀頃のカシミヤ山羊には野生のものと家畜のものがあり、野生のものはアスリトゥースと呼ばれその繊維は極めて細く家畜のものより高級とされたと述べています。現在、僅かながら毛が利用されている野生の山羊科の動物にアイベックスがありますが、アイベックスはヒマラヤ山岳地帯の峻険な岩場を活発に活動するため、ハンターが狩猟した身体から採集するなどその採集量は極く限られており、現在カシミール地方で織物に加工されている事実はありません。アイベックスの習性から判断すれば、アスリトゥースがアイベックスであった可能性は低く、過去に絶滅した別種の野生山羊の一種であったかも知れません。

カシミヤと混同しやすいものにチベットや中国青海省の海抜4000メートルを越える高原に生息する「チルー」とよばれる野生のチベット・アンテロープ(カモシカ類)があり、その毛はカシミヤよりもさらに細く、古くから「シャー・ツース(Shatoosh)」と呼ばれショール原料として珍重されてきました。チルーは夏季でも寒冷な高山に生息するため、その毛は年間を通じて抜け落ちることがありません。そのため射殺して毛を採集しますが、一時乱獲により個体数が激減したため、現在では野生動物保護ワシントン条約によりその狩猟と取引は国際的に厳禁されています。かつて、カシミール地方でもチルーの毛がショールに使われていたという記録もあり、一部はチルーの毛であった可能性があります。

カシミヤ繊維がショールの原料として商業的に利用され始めた時期については定説がなく、ローマ帝国時代の貴族階級が身に纏ったとも言われますが、文献として残されているのは17世紀以降のものです。

なお、現在カシミヤ山羊は広く中国、モンゴル、イラン、アフガニスタン、旧ソ連圏中央アジア諸国になどで飼育され、世界のカシミヤ原料の約65%が中国で生産されています。現在カシミール地方でのカシミヤ原料の生産は統計上の意味を持たないほどに小さいものとなっていますが、カシミール地方のラダック地区を中心に山羊飼育が続けられ、同地方の主要都市であるシュリナガルでは、その毛を利用して今でも全て人手によるショールの生産が連綿と行われています。


2)カシミールショールの素材鑑定

カシミヤなど獣毛の鑑定は顕微鏡(光学顕微鏡または電子顕微鏡)を使った目視検査により行われます。近年DNAや蛋白質分析による新たな分析技術も開発されつつありますが今のところ信頼性において劣り、顕微鏡法による鑑定が国際標準となっています。最近、当会は美術館、繊維検査機関などの協力を得て17世紀に遡るカシミール織りショールの素材研究を進める機会を得ました。なにぶん織られてから数百年の年月を経た素材であり、果たしてその繊維表面が織られた当時の形状を保持しているかどうか懸念されましたが、鑑定の結果、一部に経年変化や劣化が見られるものの、繊維表面は概ね原形を留めており、鑑定には支障がありませんでした。

鑑定結果、17世紀頃の古い時代に製作されたものの繊維は典型的なカシミヤ山羊の特徴を有し、紛れもなくカシミヤ繊維であることが判明しました。

17世紀にカシミールで織られたペーズリー模様ショールの素材

カシミヤや羊毛など動物繊維の表面は鱗状のスケールに被われています。カシミヤ繊維の特徴はスケールが薄く、スケールとスケールの間隔が広いため、触った感触が非常にデリケートで柔らかなことです。カシミヤ繊維は細くて長く繊維表面がなだらかで綺麗なものを上質としますが、現在では中国内蒙古自治区産カシミヤが世界最高品質とされています。ただし近年世界的にカシミヤ製品に対する需要が増大するなかで1頭当りの収穫量を増やすため、身体が大きくて毛が粗い山羊との交配も進んでおり、表面形状が乱れたカシミヤ繊維が多く見られるようになりました。上記の写真は今回の素材鑑定で17世紀のペーズリー柄のショールから採取した素材の電子顕微鏡写真ですが、経年変化により表面スケールが磨耗しているものの、綺麗で典型的なカシミヤ繊維の特徴を残しています。現在ではこうした綺麗な形状のものが少なくなりつつあり、当時カシミールで利用されていた毛が上質のカシミヤ繊維であったころが判明致しました。

19世紀初頭になるとヨーロッパでもカシミール織り風のショールが大量に生産されるようになりました。しかし、当時のヨーロッパでアジア大陸からカシミヤ原料を入手することは極めて困難で、カシミヤと羊毛やシルクとの混紡、或いは羊毛やシルクだけでも製造されました。

なお、最近の調査でも、チルーの毛は確認されず、カシミール織りショールにチルーの毛が使われたかどうかは、今後の研究に待たなければならなりません。


3)カシミール織りと近代カシミヤ産業の勃興

近代カシミヤ産業は、1870年代、ある英国人事業家が、たまたま娘の結婚式でカシミール地方を訪れたことがきっかけとなり、英国で始まりました。当時英国のヨークシャー地方は世界の羊毛産業の中心地でした。同地で毛織物加工業を営んでいたジョセフ・ドーソン氏は病気の療養のため、オーストラリアに暫く滞在しましたが、漸く病も癒えて英国に帰国する帰路、娘の結婚式のため当時英国領であったインドのカシミール地方に立ち寄りました。彼がそこで見たものは、採集したばかりのカシミヤ山羊の毛から細いうぶ毛を分離している作業でした。採集したばかりのカシミヤ山羊の毛は刺毛(さしげ)といわれる表面の太い毛と、刺毛の下に生えるうぶ毛が混じっており、その比率はおおよそ1:1です。カシミヤ原料として利用できるのはうぶ毛のみであり、従来は簡単な器具を使って人手でその分離作業を行っていたが非常に労力と時間を要する作業でした。

ジョセフ・ドーソン氏は羊毛や綿花の精製工程を熟知していたため、この手作業での分離作業を機械的に行うことが出来るはずと思い、帰国後羊毛や綿花の加工設備を基に工夫をくわえ、世界初の機械式分離装置を発明しました。この工程および製品(分離されたうぶ毛)のことを繊維業界では「整毛(せいもう)」と呼んでいます。

その後、ジョセフ・ドーソン氏の所有する企業により製造された整毛を原料として欧州でカシミヤの織物のみならずニット産業が興隆しました。整毛工程のノウハウは長らくジョセフ・ドーソン社の門外不出の機密をして管理され、整毛ビジネスは同社の独占するところでしたが、やがて米国や日本においても同様の技術が個別に開発され、近代産業として世界繊維産業の重要な一翼を担うこととなりました。

我国のカシミヤ産業の歴史は戦前に遡り、1930年代とされます。戦前我国繊維産業はシルクや綿製品の製造で産業として重要度を増し、羊毛産業も欧米に対抗して興隆しつつありましたが、整毛の工程は欧米に依存せざるを得ず、当時貴重な外貨流失を防ぐため自国技術によるカシミヤ整毛生産が切望されていました。現在の東洋紡糸工業株式会社の前身、三島毛織株式会社の技術者大橋源二郎氏が綿カード機を基に独自の考案を加えることで新式整毛機を完成し、カシミヤ整毛の国産化が可能となりました。三島毛織は戦前から中国天津に自社の買付け倉庫を開設し、国内には整毛から織物にいたる一貫工程を持ち、和装用のショールに適した微妙な色合いを表現するための低温染色法など独自の技術開発を進めました。

さらに1970年代より原料の主要産地である中国でもカシミヤ産業が勃興致しました。現在、低価格を強みに量的に中国製品が世界市場で大きなシェアを占めていますが、伝統の技術で高品質を強みとする日本や英国の製品や、ファッション性を強みとするイタリア製品も産業内で重要な地位を占めています。


4)カシミール織りショールと近代カシミヤ産業

最近の素材調査により、近代カシミヤ産業に従事するものとして、古来カシミヤ産業を育んできた文化や芸術に接することができ、改めて襟を正す思いがしました。昨今ともすればコストを下げ、大量供給することで規模の利益を追求する動きに流れ勝ちですが、文化性や歴史的背景を忘れれば、何百年にもわたって築かれたカシミヤへの消費者の信頼は失われるでしょう。当会としましては、特に細くて長い伝統的なカシミヤの特徴を持つ純正カシミヤ種の保存について中国政府関係者にも強く要請しています。今後ともさらにカシミヤの真の価値を高める活動を続けて行きたいと考えています。




                               CCMI カシミヤ・キャメルヘア工業会
                                            アジア担当代表
                                               清水 邦保


 | HOME | 会社概要 | MAP | 沿革 | お問い合わせ |
                                              TOYOBOSHI KOGYO CO.,LTD